沖縄、の米軍普天間基地の移設問題が暗礁に乗り上げている。
どだい、この移設自体が無理なのである。
沖縄以外を求める社民党の言うような事は米軍の沖縄の重要性を考えると所詮は実現不可能な言い分であろう。
だからこそ、自民党政権の時に、
「埋め立てて」
という話が出てきたのであるが、環境問題を考えるとまた、それも芳しくない。
ここでは始めて言うが、おいらは二つのプランを持っている。
一つは普天間基地を尖閣列島に移設する案である。
尖閣に移設すれば、ここが、台湾や中国による領土侵犯に犯される危険性はなくなる。
何と言っても、中国や台湾が米軍とまともに事を構えるはずはない。
問題は建設中に妨害が入るであろうことであり、現政権にその度胸はあるまい。
もう一つは尖閣には短距離滑走路しか造れないという条件であり、
水の確保が難しい点である。
水は日本の海水浄化プランを使えばいいし、また、イオンやバクテリアの水再利用プラントを使えばいいだろう。
滑走路は、何も尖閣に造ることもなく、
メガフロートの紹介なるモノを
使えばいいだろう。メガフロートの紹介
どうも政治家の先生方は新技術に弱いようだ。埋め立てなどをしなくても、メガフロートという技術で滑走路などはいくらでもできよう。
こういう事件は死刑が適当だと思うが・・・・・・・・・
日本の制度ではとうてい死刑にはならない。
結婚詐欺
特に少し年齢がいった人物に対する結婚詐欺
これは人間の心を弄ぶとんでもない犯罪であろう。
必死で結婚相手を探し、
「ああ、これでやっと結婚できる」
そう思った人物の心を弄ぶ人間は、人間とは思えない。
弄ばれた人間は、あとに絶望しか残らないのである。
やっと貯めたお金を取り上げ、人間を有頂天から絶望の淵に陥しめる極悪人には死刑が適当であろう。
睡眠薬飲ませ「肉体関係あった」 女結婚詐欺師と連続不審死
このケースでは殺人が疑われる。多分、このまま行けば殺人罪で死刑判決がくだっても不思議はないが、
仮に殺人に手を染めなくても、こういう犯罪は死刑が適当であろう。
もてる人間はいい、
仮に少々騙されてもいいだろう。
しかし、もてない人間には深刻である。
やっとめぐりきた春から冬に逆戻り。
悲しい、悲しい悲鳴が聞こえる。
結婚詐欺は死刑
刑法で決めてほしいものだ。
しかし、・・・・・・・・・・・・・・・・
なんだってたいしたことない女なんだろう。
結婚詐欺を犯す男女、どれも絶世の美女美男はいない。
仮にだ、黒木ひとみさんとか、高樹沙耶さんとか、故坂井泉水さんとかに騙されるんなら分かるんだけど・・・・・
いっそ、いい女(男)に騙されてもらいたいものですね。
秋晴れの日にやりたいスポーツを3つ挙げてください。
スキンダイビング、クロスボウ、モータースポーツ
でしょうね。
秋は夏と違って海が澄んでいますから、伊豆あたりでスキンダイビングが面白いですね。
クロスボウも面白いですよ。弓道もいいんですが、50fクラスでクロスボウが面白いですね。
後はモータースポーツ(カーレース)でしょうね。個人的には雨の日が好きなんですが、まあ秋晴れも面白いですね。
そこに行くと毎回懐かしい気持ちになる場所を1箇所教えてください。
アメ横 御徒町センターですね。
昭和の最後からちっとも変わっていないんです。
歩いていると、目の前に、海産物を突きつけられる(俺にはないけど)
つい手をだすと、「1000円」と押しつけられる。
いついっても懐かしい場所です。
無論店は様変わりしました。
世界チャンピオンの大場氏がいた菓子の仁木は昔の風景から今風になっている。
センター内部の多くの店が、
菓子屋から化粧品屋さんや革製品の店、ブランドバッグの店に様変わりしました。
それでも「値切り交渉」は健在です。
なじみのお兄ちゃんたちはおじさんを通り越して、おじいさんに近くなっちゃった。
化粧品の「イナオ商店」のおばちゃんもとっくに引退しちゃった。
それでもなじみの店に行ってだべって、時には店番を任せられる。
触れあいのなくなった昨今、
「おーい、元気」
と触れあえる街です。
ここで多くの事を学びました。
万年筆の事、ブランドバッグの事、時計のこと・・・・・・・・・・・
おいらを育ててくれた街がいつまでも健在であって欲しいですね。
何か異様に蒸し暑い感じがします。今晩から明日の夕方まで厳重注意(関東)お願いします。
これで巨大地震が発生するのかどうかは分かりませんが、可能性があります。
昨晩、衝撃的なニュースを聞いた。
加藤和彦氏がホテルで自殺。
昭和を長いこと生きてきた人間にとって、加藤和彦という名前は記憶に残る名前である。
帰ってきたヨッパライ
という曲は、発売当時衝撃的だった。
聞いていただこう。


当時のフォーククルセイダースは
加藤和彦氏はしだのりひこ氏北山修氏がやっていて、
やがて、はしだ氏が離脱し、あらたにシューベルツを結成する。
加藤氏は後に
イムジン河
あの素晴らしい愛をもう一度
悲しくてやりきれない
などの名曲を世に出す。



加藤氏の死去によって
昭和は又、遠くなってしまった。
ご冥福をお祈りする。
しかし、昭和30年代40年代に青春を過ごした人間は多分に政治的だった。
石ノ森氏、加藤和彦氏、その他多くが平和を願い何らかの行動をしていた。
イムジン河も朝鮮半島の離散問題を明らかにしようとした歌であった。

