今年1年間、また私の駄文にお付き合い頂きまして
ありがとさんでやんした。
言いたい放題の人物です。
まあ変わった人物だと諦めて頂いて来年も宜しくお願い致します。
尚、喪中につき新年のご挨拶の儀は控えさせていただきます。
2008年を象徴するものを見せてください。
これでしょう!
William Blake 作Satan in his Original Glory:
正月は本来は初詣に出かける方も多いだろうが
明日以後の来年の正月は出かけない方が無難だろう。
これだけ世の中の状況が悪いと
正月を寒空の下で過ごす方々も多くなろう。
そうなれば、
正月に「浮かれ月夜」で過ごしている人がねたましくもなろう。
そして、もしも:::::
というよりも、かなりの確立で、アキバの事件が再現しても不思議はない。
明治神宮、伊勢神宮、鎌倉の八幡宮、その他大勢の人のあつまる場所で
刃物殺傷事件が起きても不思議はない。
というよりも起きる確立はかなりあろう。
「派遣契約切られた」六本木ヒルズで男が刃物振り回す
こんな事件もある。
ようは、社会に絶望した人間には、
晴れ着で浮かれている連中が悩ましい。ねたましい。
そんな可能性のある場所にわざわざ出かける事もない。
飛んで火にいる夏の虫どころか
着飾って標的になるアホな社会人に過ぎないだろう。
人混みの中では、どんな人間も逃げようがない。
マラソンの世界記録保持者でも逃げようがない。
事件が起こるかどうかは不明だが、かなりの確立で起こりうるだろう。
絶望した人間は華々しく散りたいものである。
日本人の心の隅には
「せめて」
という感情がある。
何もいいことがなかった。せめて・・・して自分の存在した証しを残したい
そう思っても不思議はない。
いやな世相である。
西田敏行ではないが
『もしも、力があったなら、想いのすべてを、力に代え、政治を大きく変えてみたい。
だけど、僕には力もない、政治を変える頭もない・・・・・・・・』
てなところか。
まあ、正月は出かけない方がいいだろう。
実にくだらねえが、昔、深キョン主演で
富豪刑事
という番組があった。
「たかが数億円で人の命を奪うなんて信じられませんわ」
という極めセリフ。
まあ数億ありゃあ、人の命も奪うんだろうけど、
タクシー強盗してもタクシーの運転手が持っているのはせいぜい数万円。
まあ何十万も持っているのは
タクシードライバーの推理日記に主演している渡瀬恒彦演じる夜明日出夫さんぐらいだろう。
強盗も貧しい、
しかし奪われるタクシードライバーも貧しい。
貧しい者同士が奪い合ってもどうにもならない。
奪うのならせめて裕福な人間から奪うべきであろう。
未曾有の人とか
官僚とか、公団理事とか
そういう連中から奪えばいい。
またそういう連中はそれによって
「本当に社会を良くしなければ、危険」
と理解できるだろう。
またタクシー強盗殺人、兵庫に続き大阪でも
今年、一番笑った出来事を教えてください。
漫画でこういうのがありました。
A:「あそう。あそう、あそう・・・って10回言って」
B「あそう、あそう、あそう、あそう、あそう、あそう、あそう、あそう、あそう、あそう」
A「じゃあ、これ何て読む? 『未曾有』」
B「みぞうゆう」「あれ、今朝はちゃんと読めたのに・・・・・・・・」
久々に面白い感覚のブログを見つけた。
涼風真世ブログ「Well Come to MAYO」:「女優」・涼風
涼風真世ブログ「Well Come to MAYO」:私的空間
タレントブログとしては一読の価値があるだろう。自宅の庭で
突然突っ込んできた車に轢かれ死亡する方もいれば、
寝ている枕元まで車が突っ込んできて、あと数cmで頭というところまで突っ込んできても
無傷で助かる方もいる。
結局、運命とは紙一重。
助かる人間は助かるし、死ぬ人間は死ぬのだろう。
乗用車が民家に突っ込む、庭にいた母娘死亡…広島・三原
亡くなられた方に合掌
要するに慢心だろうと思う。
どんな人間でも、雪崩に巻き込まれたら助かりようがない。
それが分かっていて、毎年、雪山の事故が起こり、たくさんの人間が死亡する。
死にたくて死んでいる人間はいないだろう。
死亡確率は高く、雪山の死亡事故に関しては生命保険の支払いが行われない可能性もある。
それでいて人は雪山に入り込む。
雪山には魔物が住むのかもしれない。
セイレーン - Wikipedia
冬山に入る方は、
「自分は細心の注意をするから、大丈夫」
とでも思うのだろう。
しかし、それが大きな誤りである。
かなり死亡率の高いレーサーも
「おれは絶対大丈夫」
と思う。それでいて何かの偶然で死亡してしまう。
レーサーの事故では、大半は
車にも人間にも限界は来ている。
それでいて陶酔してしまうのか、
「まだいける」
大半がそう思う。
「まだいける、俺は大丈夫」
そう思う心が死に繋がる。
実はこう言っているおいらも同じかもしれないのだが・・・・・・・・・・・・
雪山にもサーキットにもサイレン(セイレーン)の魔女はいるのだろう。
まあ、杞憂ならいいけど・・・・・・
そう見るせいかもしれないが、最近の
浜あゆがかなり儚くみえてしまう。
今年に入り、
最初は耳が聞こえなくなった。
年末に来て今度は階段で転倒してOPE。
なにか非常に儚くみえてしまう・・・・・・・・・・・・・・
正直、あゆのような作り物の顔は好みではないのだが、・・・・・・・
紅白トップバッターのあゆがケガ 転倒して右手負傷Mステ降板
生活保護の減額に対してある種の裁判結果が下った。
生活保護訴訟 「退くわけにいかぬ」 原告ら判決に怒り
本当にこれが不当判決か?
世の中には真面目に働いても、20万そこそこの収入しかない方々も多い。
それでも健康保険を支払い、なんとか生活している。
一方で、天下りに次ぐ、天下りで多額の収入を得ている官僚も多い。
要は世の中の仕組みがおかしくなっているのである。
先日、国会で渡辺自民党議員が造反した。
元の行政改革大臣である。
その渡辺大臣にもパーフォーマンス的な要素はあるとはいえ、
様々な行政改革に着手した事は確かである。
しかし、自民党首脳部は全くこれに賛同できず、時代に逆行した動きをしていた。
愚かにも首相は
首相「造反の輪は広がらない」
とか言っている。
単に、選挙があるから当座は動きにくいのに過ぎず、
燎原の火は静かに広がりつつあろう。
今、世の中で余裕があるのは、公団公社の部分が一番だろう。
整理すれば多額の金が出るだろう。
それで仕事を創出する、そうでなければ、この負のスパイラルからは脱出できまい。
ヒットラーを賞賛するつもりはないが、第一次大戦後、
異様とも言える不景気からドイツを脱出させたのはヒットラーの政策だった。
大規模な公共事業を展開し、仕事を創出した。
高速道路をつくり、人々に仕事を与えた。
無論現状でこれをしても、日本ではどうしようもない。
いや、世界でもどうにもならないだろう。
ヒットラーの時代、機械による工作がなく、事業の多くは人件費となって、社会に貫流した。
しかし、現状では多くは人々に貫流する事もなく、一分に回るだけである。
仮に、今、日本で公共工事を行っても、就業できる人間は僅かであろう。
なんとしても、土木建設業の多くが、人件費を必要としていないのである。
人力に頼らねばならない仕事以外、この状況を脱却できないであろう。
そうした仕事を創成する事が今求められている。
生活保護に戻れば、そうした方々は誰に支えられているのかを考えた事があるのだろうか?
場合に因っては生活保護を受けている方々より定収入の人々が支えているのである。
弁護士も支援者もそこを考慮すべきであろう。
ところで、この記事の中に
【小学5年の次男(11)に「サッカーを習いたい」とねだられた。でも、「スパイクを買う余裕がないんよ」と諭した。「わかった」。次男が我慢しているのが手に取るようにわかったが、「ごめんね」と繰り返すしかなかった。】
こういう一説がある、
しかし、スパイクが無ければサッカーは出来ないものか?
王様ペレもマラドーナも極貧の中でスパイクどころか靴もなく裸足でサッカーを極めた。
時代が違うという話になるだろう。
しかし、今でもブラジルの裏通りでは裸足でサッカーボールを追いかけている子供がいる。
その中から多くの名選手が生まれているのも事実である。
日本のサッカーは創造性がない。
子供のうちから形にはめ、自分の創造性によるプレーがない。
従っていつまで経っても進歩しない。
多分、今後も最も必要な『点取り屋』の出現はなかろう。
そしていつかはワールドカップへの出場も失われ、廃れていくだろう。
子供が本当にサッカーをしたければ、基本技術はいくらでも本で学べる。
そんな理由で諦めるようならば、サッカー好きは本物ではない。